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まちがい
上島 浩(1984年)

 (一)
 核弾頭を管理している将校ウイリアムが、下品な言葉を聞いたような気がした。うたたねをしていたので、あるいは夢だったのかもしれない。辺りを見まわしても計器類は正常に動いているし、人影も見うけられなかった。ウイリアムは大統領の命令がない以上ボタンを押す必要がないわけだし、ましてそれが暗号で伝えられてくるのだから直接声として聞こえてくる筈がなかった。ウイリアムはその声の主はいったい誰なのだろうかと思った。
 しばらくして、軍本部に定期通信をしていたもう一人の将校チャーリーがもどってきた。
 チャーリーは何があったのかうれしそうに口笛を吹いていた。
「アイ・ラブ・ウイリアム・ビコーズ・ユー・アー・阿呆!」
 と言うとけたたましく笑った。そしてランランランと言ってスキップもし出した。とても核を管理している重要なポストにいる人間とは思われなかった。毎度のことなのでウイリアムはあまり本気に相手にはせず、淡々としていた。
「何かいいことがあったんか?」
「おう、いとしのウイリアム、よくぞ聞いてくれはった。実は司令官の話によると、オレの家にドロボウが入ったんや。ほんで金めのもん全部のうなってしもたんやて、目茶苦茶おかしいやろ、ハハハハハハハ・ハ・ハ」
「ハハハハハ」
「何がおかしいんや!」
 チャーリーは不意に真顔になり、両手を机について首をうなだれた。
「オレが今年三十才になるまで、ひたすら結婚資金にとためといた金があったんや、どないしたらええねん」

──ケケケ・ケケ。

「ウイリアム、いいかげんにせい。何がおかしいんや、オレは真剣なんやで」
 といってチャーリーはウイリアムの襟をつかんだ。
「ま、ま、待ってくれチャーリー、今の笑いはボクやない」
「え」
 手をはなした。ウイリアムは
「いや、ボクもさっきからへんやなと思っていたんや。君がここに入ってくる前もなんかけったいな声がしていたんや」
 と言った。
「ほんまか」
 チャーリーは半信半疑だった。

──ケヒ、ケヒ、ケヒ〜〜。

 また声がした。
「ひえ〜〜」
 二人はだき合った。
 ズーン、ズーン、ズーン。この管理室のドアのむこうのほうから、でっかい足おとが近づいてきた。
 二人はどんぐりまなこでガタガタふるえだした。ズーン、ズーン、ズーン。足おとはドアのところでピタリとやんだ。そして声の主が

──イナイ、イナイ、バァー。

 と言ってドアをひらいた。
 二人は目をうたがった。やって来のは核弾頭そのものだったからだ。見ると丁度集積カイロをうめこんであるところが、竹取物語の竹のようにピンク色に光っていた。
「チャーリー、あの光は?」
「一度オレも聞いたことがあるんだが、現代の集積回路があまりにも高度だから、二十億個に一つの割合で自ら意志を持つ回路があらわれるんやて。ひょっとしたら偶然あの核に入れられたものがそれやったのかもしれん」
「そしたら、いったいどうなるんや?」
 ウイリアムは続けて質問した。
「やつが勝手に判断して、勝手に行動するんや」
「まさか」
 というやいなや、バリーンとドアをつき破る音がして、その方を二人は見た。
「ほれ見い」
 とチャーリーは言った。核はエリマキトカゲのように走って逃げていった。
 ハネバダ生まれの核ちゃんは、テキーラ砂漠をひたすら走りつづけていった。


 (二)
「このあほたれ、寝言やったら寝てから言わんか。核が逃げただと? 話にならん」
 通信によって司令官はチャーリーに対してどなったのである。
「本当ですがな。いましがた、タッタカタッタカ走っていきよりましたんや」
 チャーリーは必死に訴えた。
「わかった、一応信じて非常体制をしこう。しかし、もしうそだと責任はとってもらうからな」


 (三)
 イッパイヤ・ステテコビルの上から大きな歌声が聞こえだしてきたのは、それから三日後のことである。
 ぶったまげたのはこの街に住んでいる人々だった。
「なんだ、ありゃあ」
 とそのビルを見あげたり
「うわあ、ミサイルが勝手に登っている」
 などと人々はさけんだりもした。

 やがて国防省の兵隊が来た。メガホンをもってしゃべり出した。
「おい、そこの核、そんなところに登っていないで、早く下へおりて来なさい。おまえがそんなとこにいたのでは、あぶなっかしくてかなわない。もしおまえがおちると我々全国民が死んでしまうのだ。どうかお願いだから私の言うことをきいて下さい。たのむ」
 と泣きながらさけんだ。
──アナタガタハ、ワタシガ、コワイノデスカ? ワタシハ、ソモソモ、アナタガタ、ニンゲンガ、ツクッタモノナノデスヨ。ソレモ兵器ノヒトツデス。兵器トイウモノハ集積回路ガナクテモ、モトモトイシヲモチヤスイノデス。ツカワナイツモリデツクッテモ結局使ッテシマウモノナノデス。ソレハ、アナタタチガ、イチバンヨク、シッテイルハズデスヨ。
ソモソモワタシモ、ヒトニ、キガイヲクワエルツモリハ、アリマセン。イワレルトウリニ、オリマショウ。
 国防省の兵隊たちはほっとした。それ以後、その核はおとなしくなってくれたからである。


 (四)
 同じ頃、となりの超大国でも同じことが発生していた。そこでも意志をもつ核が生まれてしまったのである。

 そのこと以来、全世界の人々は、核が意志をもちだしたということで、自分たちではどうしようもない不安でしばられる生活を送らなければならないようになったのである。


 (五)
 そんな人々を見ていた核は、きのどくに思って、ある日テレビ局を通じてその国民に話しかけてきた。

──ワタシハ平和ヲネガッテイマス。ワタシハ不幸ニモ生マレテシマイマシタ。
アナタガタハ、ワタシノタメ首脳会談ヲスルツモリデショウガ、ソレハ結局自分ノツゴウバカリ考エテ、ムダナ会談ニナルデショウ。コノ問題ハ本人同志デ解決スルノガ、イチバンデス。ゼヒトナリノ核ト、ハナシアイヲサセテクダサイ。


 (六)
 となりの核も、結局同じようなことを考えていたらしく、話の進展はきわめて早かった。両国の首脳だと三年話し合っても結論をみないようなことを、一時間もたたぬうちに終えたのである。

 大よろこびだったのは両国民であった。すべての核からキバク材がとりはずされるということになったからだ。
 人々は口々にこう言った。
「まちがいによる戦争も、おこらないですむようになった」
「これで真の平和のためのいしずえができた」
 と。


 (七)
 調印式は北の寒い海上で行なわれた。両国から出席した核は、声明文をとりかわした。
 おたがい握手をして、おじぎをしたそのときのことだった。
 核弾頭の頭と核弾頭の頭が、ごっちんこしたのである。
 あたりは純白となり、巨大な火の玉は大きな音とともに、両国をつつんでしまった。

【初出:ふぁんしい9号(1984)】
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