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今日は、昼間から雨がふりつづいていた。グレーの空に、光る巨大な『なべ』みたいなものが、とんでいた。
「やや、なんだろう」
一郎は、窓から乗り出して見た。なんともおもしろい形をしていた。そこから発する光は、強くなったり弱くなったりしていた。
その『なべ』は、ある空の一点に静止し、そこに浮いていた。しかし、暫くすると、その黄色く光る『なべ』は赤くにぶい光へと変ってきたかと思うと、けたたましい音とともに爆発した。残ガイが落ちていくとともに、その中に『タコ』のような生きものが3匹ほどパラシュートで降りてきた。
「やっぱり『なべ』だ!」
一郎は何か発見したように大声で言って、納得した。
しかし、次の瞬間に、頭の中で誰かが何かを言っているのに一郎は気がついた。テレパシーだった。
「『ナベ』デハナイ。バカタレ」
「何だ、何だ。誰だ!」
一郎も心の中で叫んだ。
「ワタシタチハ、火星人ダ。『ナベ』トイウノハ、タベモノヲ調理スルドウグデハナイカ! ワタシタチハ、タベモノデハナイ。ワタシタチハ、火星ノ使節団デアル。地球ノ歴史ヲ編纂スルタメニ、ヤッテキタ。『タコ』ト一緒ニシナイデホシイ」
彼らは、いつのまにか一郎の家のそばに来ていた。一郎は自分の居る二階の窓から、彼らの姿が下に見うけられた。リーダーと見られる者が一歩前に出て、あとの二人はその後で、リーダーと同じように二階の窓から顔を出している一郎を見上げていた。一郎は、とても火星人だと思えなかった。近くでみても、やはり『タコ』のようであった。
「ワタシタチハ、アナタニ、タノミガ有リマス。ゴランノトウリ、ワタシタチノ『ナベ』…イヤ宇宙船ガ雨ニヨッテ、バクハツシテシマイマシタ。水分デ、回路ガショートシタノガ原因ナノデス。ゴ迷惑ハカケナイツモリデスカラ、暫ク、イソウロウサセテクダサイ。オネガイデス」
と、リーダーは言いつづけた。
「うん、分かった。ママに聞いてみるよ。しかし君たちは貧弱な円盤に乗っていたもんだな」
「ホットイテクレ! 地球ニオケル雨ナンテ、計算シテナカッタノダ。ケド、アリガトウ。タスカリマシタ」
一郎は暫く階下でママと話していたが、上ってきて彼らに言った。
「友だちが三人ほどきていると言ったから大丈夫だよ」
「ソウデスカ。スミマセン」
彼らはそう言うと、一郎の部屋に遠慮なく上がり込み、卓袱台(ちゃぶだい)のまわりに座わり、八本の足で、器用にあぐらをかいていた。そして、そこで一日中何かを話し合っていた。一郎には、彼らだけで話すそういった会話は、彼らの言葉で喋っているためか、全く分からなかった。
それが終わると、今度は、一日中、書き物をはじめた。大きな道具箱のようなものから、色々と物を出して、それをながめながら、その仕事をやっていた。
一郎は、彼らのやっていることが、とても気になった。その道具箱から出てくるのは、古くさいものであるとともに、高価なものと思えるような品物ばかりであったからだ。それも不思議なくらいそうなのである。
あまりにも気になったので、一郎は火星人のリーダーに聞いてみた。
「あなたたちは、いったいそこで何をしているのですか?」
「ワタシタチハ、地球ノ過去ノ歴史ヲ、マトメテイルノデス」
「では、その古くさい物は、いったい何なのですか?」
一郎は、道具箱の中味を指し示して言った。
「アア、コレデスカ。コレラハ、ワタシタチガ過去ニオイテ集メテキタモノナノデス」
「では、あなたたちは過去へも行ってきたのですか」
「ソウデス。アノ『ナベ』…イヤ宇宙船ハ、タイムマシンノ役目モ、ハタシタノデス」
「あんなものがですか?」
一郎は、バクハツした『ナベ』を思い出した。
「信ジラレンヨウデスガ、本当ナノデス。例エバ、神器ッテ、シッテマスカ?」
「ええ」
「コレハ、平氏ガ、壇ノ浦デ滅ンダ時、安徳天皇ト沈ンデ、後ニ、探セドモ見ツカラナカッタ剣ナノデス」
火星人は、それをなで廻して言った。
「え! もしそれが本当なら、また皇室が乱れる」
「心配シナクテモイイ。欲シケリャ、オ前ニクレテヤル。ドウセ、モウジキ無意味ナモノニ、ナッテシマウカラダ」
一郎は、彼が最後のほうに言った言葉が少し気になったが、大へんな掘り出し物だったので貰うことにしたのである。
彼ら火星人は、地球での歴史の編纂と言う仕事を終え、次の日には帰るために、仲間の『ナベ』に来てもらうように無電を打っていた。
暫くしてから、巨大な『ナベ』が現われ、地上に降りた。どうやら雨の日は避けたつもりのようである。
彼らは、それに乗り込んで帰ろうとするときに、一郎にお礼と別れを言いに来た。
「一郎サン、アリガトウゴザイマシタ。コノ御恩ハ、一生忘レマセン」
と、火星人のリーダーが握手を求めてきたとき、一郎は、彼らに対する疑問を解消しようとして、二、三たずねてみた。
「歴史というものは、今まで永らく続いております。しかしなぜ、私たち、今の二十世紀の現代において、編纂をしなくてはならないのですか? 未来も調べたのではないのですか?」
彼らは、目をつぶって、うでを組んで、考えていたが、決心したように口を開き始めた。
「分カリマシタ。他ナラヌ、アナタノコトデスノデ、オ教エシマショウ。確カニ私タチハ、未来モ調ベマシタ。シカシ、過去カラ歴史ヲタドッテ行クト、ドウシテモ、ココ、二十世紀ニオイテ編纂シナクテハナラナイノデス。地球ノ記念ニ」
「記念に? 未来はどうしたのです」
「・・・マコトニ言イニクイコトデスガ、地球ノ未来ハ有リマセン。コレハ、私タチガ本当ニ見タコトデスカラ、間違イアリマセン・・・デハ、コレデ失礼シマス」
彼らはそう言うと、遠い空へ消えて行った。一郎はいつまでも、うつろな顔をして立っていたのであった。
暫く経って、銀河系のある惑星が、消えた。宇宙における小さなチリの『あがき』の結末であった。
それを見とどけた火星人は、編纂の終了をみた。その最後の行に「核」という文字があったことは、当時の一郎には考えもつかないことであった。
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